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東京地方裁判所 昭和40年(モ)4627号 判決

債権者 美浜株式会社

債務者 信祐商事株式会社

主文

当裁判所が昭和四〇年二月六日同年(ヨ)第五六九号不動産仮処分申請事件についてした決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、その理由として、

一、債権者は、申請外諸三株式会社に対し継続的にビニール・レザーを売却してきたところ、昭和三九年一二月一四日現在において、その売掛代金が合計金一一、八六九、八七三円に達した。

申請外諸橋俊一は、これより先同年一〇月一五日、債権者との契約により、申請外諸三株式会社と債権者との間のビニール・レザーの売買取引に基づく申請外諸三株式会社の債権者に対する債務について連帯保証をすることを約定していたので、申請外諸三株式会社の債権者に対する前記金一一、八六九、八七三円の債務につき、連帯保証人として、これを債権者に支払うべき義務を有するものである。

二、申請外諸橋俊一は、(一)東京都荒川区日暮里町一丁目一六三八番の一宅地八八坪四合六勺(二九二・四六平方メートル)(二)同所同番の二宅地六九坪三合六勺(二二九・二八平方メートル)(三)同所一六三八番の一所在、家屋番号一六三八番一の二、鉄筋コンクリート造陸屋根三階建居宅一棟、床面積一階一二坪二合七勺(四〇・五六平方メートル)、二階一二坪二合七勺(四〇・五六平方メートル)、三階六坪九合九勺(二三・一〇平方メートル)(四)同所同番の二所在、家屋番号一六三八番二の二、木造瓦葺二階建倉庫一棟、床面積一階二八坪(九二・五六平方メートル)、二階二八坪(九二・五六平方メートル)(以下本件不動産と総称する。)を所有していたところ、これを債務者に売渡し、昭和四〇年一月九日に、昭和三九年六月三〇日付売買を原因とする債務者に対する所有権移転登記を経由した。

三、申請外諸橋俊一と債務者との間の右売買契約は詐害行為である。

(一)  申請外諸三株式会社、昭和三九年一二月頃その得意先である申請外東行株式会社の倒産によりこれに対する約金一七、〇〇〇、〇〇〇円の売掛代金債権の回収ができなくなつたことから急激に経営状態が悪化し、かねて債権者にあてて振出していた満期を昭和三九年一二月二五日と定めた金額二、七〇〇、四九八円の約束手形の支払も困難となり、同年一二月一八日債権者の了解のもとに右約束手形を、満期昭和四〇年三月八日の約束手形に書替えざるを得ないほどの窮境に陥つた。

(二)  申請外諸橋俊一は、申請外諸三株式会社の代表取締役であつたが、前述のような同会社の窮状のため、自からも当時債務超過の状態にあつたのであつて、債権者を害するものであることを知りつつ、本件不動産を債権者に売却したのである。

(三)  本件不動産に関する申請外諸橋俊一と債務者との間の売買契約における代金額は、金一三、五〇〇、〇〇〇円であるところ、本件不動産の当時の価額(土地だけでもその時価は金三一、四〇〇、〇〇〇円ないしは金二三、〇〇〇、〇〇〇円位、一坪すなわち三・三平方メートルあたり金二〇〇、〇〇〇円ないし金一五〇、〇〇〇円位)に比して、右代金額は、著しく低廉である。

(四)  叙上のような状況からすると、申請外諸橋俊一と債務者との間における本件不動産の売買契約が詐害行為として取消されるべきものであることは明らかである。

四、債権者は、債務者に対して提起すべき右売買契約の取消および債務者に対する本件不動産についての所有権移転登記の抹消登記手続請求の本案訴訟の勝訴判決にもとづく強制執行を保全するため、債務者に対し本件不動産についての処分を禁止する主文第一項掲記の仮処分決定を得たのであるが、その認可を求めるものである。

と述べた。

債務者訴訟代理人は、「主文第一項掲記の仮処分決定を取消す。債権者の申請を却下する」旨の判決を求め、債権者の主張する仮処分申請の理由に対する答弁として、

一、(一) 債権者が申請外諸三株式会社および同諸橋俊一に対し債権者主張のような債権を有していることは知らない。

(二) 債務者が本件不動産を申請外諸橋俊一より買受け、債権者の主張するような所有権移転登記が経由されたことは認める。

(三) 本件不動産に関する申請外諸橋俊一と債務者との間の売買契約が詐害行為にあたることは否認する。

二、債務者が申請外諸橋俊一から本件不動産の所有権を譲受けたのは、昭和三九年六月三〇日締結にかかる売買契約によるものであるが、その契約の内容の要点は、左のとおりである。

(一)  売買代金は金一三、五〇〇、〇〇〇円とし、契約の成立と同時に現金で内金二、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、残金一一、五〇〇、〇〇〇円については、債務者が申請外諸橋俊一に対して有する手形債権、すなわち、いずれも申請外諸橋俊一から債務者にあてて振出された(イ) 金額三、八〇〇、〇〇〇円、満期昭和三九年六月二八日、支払地東京都台東区、支払場所株式会社第一銀行三の輪支店、振出地東京都荒川区、振出日同年五月一日(ロ) 金額二〇〇、〇〇〇円、満期同年六月二一日、振出日同年五月七日、その他の要件(イ)と同じ(以下の(ハ)および(ニ)についても満期および振出日以外の要件は(イ)と同様である。)、(ハ) 金額二、〇〇〇、〇〇〇円、満期同年六月一九日、振出日同年五月二〇日、(ニ) 金額三、〇〇〇、〇〇〇円、満期同年六月二九日、振出日同年五月三一日なる四通の約束手形に基づく手形債権および債務者が申請外諸橋俊一に対して同年六月一七日、弁済期を同月三〇日と定めて貸付けた金二、五〇〇、〇〇〇円についての返還請求権と対当額において相殺する。(二) 申請外諸橋俊一は、本件不動産に既に経由されている抵当権設定登記につき同年一一月三〇日までに抹消登記手続をしたうえ、債務者に対する所有権移転登記手続をする。(三) 債務者は、申請外諸橋俊一に昭和四〇年一月三一日まで無償で本件不動産を使用させる。(四) 申請外諸橋俊一は、昭和四〇年一月三一日までに金一五、〇〇〇、〇〇〇円で本件不動産を債務者から買戻すことができる。

三、申請外諸橋俊一と債務者との間の本件不動産についての売買契約における代金は適正な金額である。本件不動産のうち宅地の価額は、当時せいぜい一坪(三・三〇平方メートル)あたり金一〇〇、〇〇〇円前後であつた。しかも債務者は、申請外諸橋俊一から本件不動産を買受けるにあたり、その契約が債権者を害するものであるなどということは全然知らなかつたのである。

と述べた。

疎明〈省略〉

理由

一、証人川淵武の証言によつて真正に成立したことが認められる甲第一号証および同証言と弁論の全趣旨によれば、債権者は、かねて申請外諸三株式会社にビニール・レザーを卸売して来たが、昭和三九年八月一一日から同年一二月一二日までの間の売買による売掛代金の合計額が同年一二月一四日現在において金一一、八六九、八七三円に達したことが認められる。

二、証人川淵武の証言により真正に成立したことが認められる甲第二号証の一、成立に争いのない甲第二号証の二および同第四号証と証人諸橋俊一および同川淵武の各証言によると、申請外諸橋俊一は、昭和三九年一〇月一五日、債権者との契約により、申請外諸三株式会社と債権者との間のビニール・レザーの継続的売買取引に基づく申請外諸三株式会社の債権者に対する債務について連帯保証をすることを約定したことが認められるので、申請外諸橋俊一は、先に認定した申請外諸三株式会社の債権者に対する金一一、八六九、八七三円の売掛代金債務につき、連帯保証人として、これを債権者に支払うべき義務を負つているものというべきである。

三、申請外諸橋俊一と債務者との間に本件不動産の売買契約が成立し、昭和四〇年一月九日に、本件不動産について昭和三九年六月三〇日付売買を原因として、申請外諸橋俊一から債務者に対する所有権移転登記が経由されたこは、当事者間に争いがないところ、証人諸橋俊一および同諸橋成祐の各証言により真正に成立したことが認められる乙第四号証の一と右各証言によると、右売買契約は、昭和三九年六月三〇日に締結されたものであることが認められる。

してみると、本件不動産の売買契約の成立は、前述した保証契約に基づく申請外諸橋俊一の債権者に対する連帯保証債務の主債務である申請外諸三株式会社の債権者に対する金一一、八六九、八七三円の売掛代金債務の発生した時期よりも以前であることが明らかである。しかしながら、申請外諸橋俊一から債務者に対する右売買契約に基づく所有権移転登記手続がなされたのは、右の主債務従つてその保証債務の発生の最終日時である昭和三九年一二月一二日より後の昭和四〇年一月九日であることは、叙上の判示から明らかである。

ところで、詐害行為取消請求の目的となるべき行為が不動産の売買契約である場合においては、これに基づく所有権の移転につき登記が経由されない限り、一般債権者において受益者の所有権取得を否認して、当該不動産を債務者の所有にかかるものとして追及することができるのであり、もし債務者から受益者に対する所有権移転登記が経由されたならば、その段階において始めて当該売買契約につき、詐害行為の成否が考究されるべきものと解すべきである。従つて、一般債権者としてその債務者の不動産売買契約に対し詐害行為取消権を行使し得る者は、その対象である売買契約による所有権の変動についての登記が経由される以前に、その債務者に対して債権を取得しておれば足り、当該債権の発生時期がたとえ不動産売買契約それ自体の成立後であつても、その債権者において当該不動産の売買契約につき詐害行為の取消を請求するに支障はないものと解するのが相当である。本件においては、債権者の申請外諸橋俊一に対する債権の取得が同人と債務者との間における本件不動産に関する売買契約の成立後であるとはいえ、これに基づく債務者に対する本件不動産についての所有権移転登記経由前であることは、先に判示したとおりであるから、債権者が右売買契約につき詐害行為としてその取消を請求し得るものであることに問題はないものというべきである。

四、そこで、申請外諸橋俊一と債務者との間で締結された本件不動産の売買契約が詐害行為にあたるかどうかについて判断する。

(一)  まず前掲甲第四号証および証人川淵武の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証ならびに同証言、証人諸橋俊一および同山本仙三の各証言によると、申請外諸三株式会社は、その得意先である申請外東行株式会社が昭和三九年一二月頃倒産してこれに対する約金一、七五〇、〇〇〇円の売掛代金が回収困難になつたことから、にわかに経営状態が悪化し、かねて債権者にあてて振出していた同月二二日を満期とする金額二、七〇〇、四九八円の約束手形についても、その支払をする見込がたたなくなり、同年一二月一八日債権者に懇請してその承諾を得たうえ右約束手形を昭和四〇年三月八日を満期とする約束手形に書替えざるを得なかつたところ、申請外諸三株式会社には確実な資産がなく、債権者との取引に基づく同会社の債務につき連帯保証をしていた申請外諸橋俊一(申請外諸三株式会社の代表取締役)も本件不動産以外にとくにみるべき財産を有していなかつたことが認められる。

(二)  つぎに証人諸橋俊一および同諸橋成祐の各証言により真正に成立したものと認める乙第三号証、前示乙第四号証の一、右各証言によつて真正に成立したものと認める乙第四号証の二および前顕甲第四号証と上掲各証言によると、申請外諸橋俊一が債務者に本件不動産を売渡した代金額は金一三、五〇〇、〇〇〇円であり、その内金二、〇〇〇、〇〇〇円は売買契約成立の当日現金で支払われたが、残金一一、五〇〇、〇〇〇円については、当時債権者が申請外諸橋俊一に対して有していた債権者主張のような手形債権および貸付金債権の合計額金一一、五〇〇、〇〇〇円と相殺することによつて決済したことが認められるところ、成立に争いのない甲第七号証によると、本件不動産の価格は、昭和三九年六月三〇日(申請外諸橋俊一と債権者との間の売買契約が締結された日)当時において合計金一八、〇九八、四七〇円、昭和四〇年一月九日(右売買契約による所有権移転登記の経由された日)当時において合計金一八、六六〇、一〇〇円と評価されるべきものであることが認められるので、前記認定にかかる売買代金額金一三、五〇〇、〇〇〇円は、右の時価評価額よりも、昭和三九年六月三〇日当時を基準にしても金四、五九八、四七〇円、昭和四〇年一月九日当時を基準にすれば金五、一六〇、一〇〇円下廻るものであることが明らかであるから、このような代金額による申請外諸橋俊一と債務者との間の本件不動産に関する売買契約は、相当な価格によるものとは認め難いものといわなければならない。

もつとも成立に争いのない甲第三号証の一ないし四によると、本件不動産中東京都荒川区日暮里町一丁目一六三八番の一の宅地およびその地上の鉄筋コンクリート造陸屋根三階建居宅一棟については、申請外諸三株式会社と申請外上野信用金庫との間の昭和三九年二月一一日付手形取引契約に基づく債権を担保するため、債権元本極度額を金三、五〇〇、〇〇〇円とする共同根抵当権の設定登記およびその被担保債権についての債務不履行を停止条件とする賃貸借契約による賃借権設定の仮登記が、同じく前同所一六三八番の二の宅地およびその地上の木造瓦葺二階建倉庫一棟については、申請外諸三株式会社と申請外王子信用金庫との間の昭和三八年一二月二八日付証書貸付手形割引当座貸越等継続的取引に基づく債権を担保するため、債権元本極度額を金四、〇〇〇、〇〇〇円とする共同根抵当権の設定登記およびその被担保債権についての債務不履行を停止条件とする代物弁済契約による所有権移転の仮登記がそれぞれ本件不動産につき申請外諸橋俊一から債務者に対する前記売買契約に基づく所有権移転登記手続のなされる前に既に経由されていたことが認められ、さらに前掲甲第四号証によると、申請外諸橋俊一が債務者と本件不動産につき売買契約を締結した当時においては、前記根抵当権の被担保債権として現存していた金額は、申請外上野信用金庫の分が約金二、四〇〇、〇〇〇円程度、申請外王子信用金庫の分が約金一、五〇〇、〇〇〇円程度であつたことが認められるけれども、証人諸橋俊一および同諸橋成祐の各証言によれば、申請外諸橋俊一は、本件不動産を債務者に売渡すにあたつて、前記根抵当債務については、いずれも自らの資金をもつてこれを完済し、根抵当権設定登記その他本件不動産上の負担たる前記各登記を全部抹消したうえ、本件不動産につき債務者に対する所有権移転登記をすべきことを約定したものであることが認められるので、申請外諸橋俊一と債務者との間の売買契約における前記代金額一三、五〇〇、〇〇〇円は、本件不動産上の前示負担を債務者において引受けることになることを前提として定められたものとは考えられず、従つて本件不動産上に前示のような負担の存在することは、上記約定代金額が本件不動産の相当価額に及ばないものと解するについての妨げとなるものとはいえないし、他に前記売買代金額が相当であることを認めて前記認定を動かすに足りる疎明は見当らない。

(三)  してみると、申請外諸橋俊一が債務者に本件不動産を売渡したことは、その売買代金の使途のいかんにかかわりなく、申請外諸橋俊一の一般債権者を害する法律行為であり、かつ、同人において当時その事実を知つていたものとみるのが相当である。

(四)  債務者は、申請外諸橋俊一から本件不動産を買受けるに際して、その契約が申請外諸橋俊一の債権者を害するものである事実を知らなかつたと抗弁するけれども、証人諸橋成祐の証言中この主張に副うような趣旨の部分は採用し難く、他に右主張を認めさせるに足りる疎明はない。

(五)  これを要するに、申請外諸橋俊一と債務者との間で締結された本件不動産の売買契約は、詐害行為にあたるものとして取消されるべきものであるといわなければならない。

五、さすれば、本件仮処分申請については、被保全権利に関しての疎明があり、また、叙上諸般の事情を総合すると、保全の必要性も認め得るものというべきであるから、債権者の申請を認容した主文第一項掲記の決定を認可すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 岡成人 守屋克彦)

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